ちょっといい話
- 公開日
- 2022/11/24
- 更新日
- 2022/11/24
お知らせ
黙って撫でていた
両親は、仲が悪いのだと思っていた。冷たく見えるぐらい素っ気なかったから。両親の兄弟姉妹などから、幼なじみで大恋愛だったとか、周りの反対を押しきって結婚したんだとか聞かされても、到底信じられなかった。
母が子宮癌で手術を受けた。手術の終わる時刻を見計らって病院へ行くと、父が母のベッドの傍に座り、好きな歴史小説を読んでいた。麻酔から覚醒したのか、母が痛い痛いと呻きだした。父は即座に小説を閉じ、母の右手を両手で包み込んだ。「ユミ、大丈夫だよ、ユミ……」、まだ意識が戻りきっていないながらも、父の声に母が反応して答えた。「タカちゃん、痛いよ、タカちゃん……」。
父と母が名前で呼び合うのを聞いたのは、それが初めてで、最後だった。母の通夜の後、棺の中の母の頬を何度も何度も父は撫でていた。黙って撫でていた。