ちょっといい話
- 公開日
- 2022/10/28
- 更新日
- 2022/10/28
お知らせ
父の視線
俺の父は、俺が6歳の時に死んでしまった。ガンだった。確か年齢は34歳で亡くなったと思う。自分がまだ6歳と幼かったこともあり、父の記憶はあまりなかった。だから父のイメージは、怖いという印象しかなかった。
父の記憶といえば、1つだけ鮮明に残っているものがあった。それはラーメン屋の中での思い出だった。父はラーメンの大盛りを1つだけ頼み、取り分け皿に俺の分のラーメンを入れてくれた。食べるのに時間がかかった。一生懸命食べたとは思うが、時間がかかった。ふと見ると、父が俺のことを見ていた。じっと見つめていた。「早く食え」と急かされているようで、少し怖かった。ちらちら父の視線を盗み見たが、父はいつまでたっても俺を睨んでいた。「何でそんなに睨むんや…」と思ったが、父の表情が何となく怖くて……、それが数少ない父の記憶だった。
そんな俺も母に女手一つで育てられ、30になったころ結婚もし、男の子を授かった。とてもかわいく、「目の中に入れても痛くない」とはこのことかと初めて知った。先日、息子も幼稚園に入る歳になった。先週、息子を連れて2人で出かけた。昼飯時になり腹が減ったので、「何が食べたい」と尋ねたら、息子は「スパゲティが食べたい」と言った。息子はまだ食が細いのでスパゲッティの大盛りを頼み、2人でシェアして食べた。息子は一生懸命食べていた。俺は、頑張って食べている息子がとても愛おしく、ずっと眺めていた。そんな俺の視線に気づいたのか、息子はちらちらと俺の方を見ていた。普段あまり会話もない俺と息子だが、俺は息子がとても愛おしく思えた。気が付けば、いつまでも見つめていたいと感じていた。あの時の親父の視線の意味が、今になってようやく理解できた。
父さん、ありがとう。