ちょっといい話
- 公開日
- 2022/10/25
- 更新日
- 2022/10/25
お知らせ
母が亡くなった
今年、母が亡くなった。遅い反抗期だった。中学生まで親に逆らわずよい子だった俺が、高校生になり、母親には罵声を浴びせ、家に帰らない日々が続いた。 高校卒業と同時に家出同然に実家を出た。
最初のうちはそれでも住所くらいは伝えていたが、いつの間にか両親との連絡は一切途絶えてしまっていた。唯一電話番号を教えていた弟から電話が来たのは、2月の事だった。母が倒れたと言う。翌日俺たちが高速道路を走っている頃に母が亡くなったらしいい。久しぶりに会った親父はひどく小さな背中をしていた。母は俺の記憶とは全く違う老いた顔で、それでも安らかな表情で眠っていた。葬儀も終わって1週間位たった頃、親父から俺宛に段ボール箱が届いた。父の無骨な字で書かれた「母さんの形見だ」というメッセージと大量の手紙、そして、1つひとつの指輪が入っていた。手紙は、すべて母が俺に宛てて書いたもので、俺が家を出た頃から書いていたらしい。母らしい丁寧な字で、ひたすら俺のことを心配する、そして自分の不甲斐なさを俺に詫びる内容だった。同封されていた指輪にも1通の手紙が添えられていた。
この指輪は、あなたのおばあちゃんの形見です。私が結婚するときにもらったものです。あなたにいい人ができたら、この指輪をプレゼントしてください。そして、幸せな家庭を築いてください。
と書かれていた。俺は指輪と手紙を彼女に渡して、黙って寝室に行った。しばらくして彼女が真っ暗な部屋に入ってきて、俺の背中に背中を合わせて座った。すすり泣いていた。その時、「あぁ、泣いてもいいんだ」と思った。涙が出てきた。止まらなかった。
母さん、ごめんな。そしてありがとう。生まれてくる娘の名前には、あなたから1文字頂きます。あなたに返せなかった愛情を、そのぶんこの子に与えられるように。そして、あなたの優しさや強さをこの子に伝えるために……。