学校日記

ちょっといい話

公開日
2022/01/18
更新日
2022/01/18

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   隠せない感情 

 研修医やってたときの話なんだけど、ある入院患者さんにつかせてもらってたんだ。患者さんは気さくなおじさんで、検診のたびに話し込んでた。お見舞いに来るのは大抵奥さん。奥さんもすごいいい人で、おじさんと同じくらい明るかった。そして、たまに息子もお見舞いに来てた。ムスッとしてて結構怖かった。母親から言われて、嫌々お見舞いに来てる感じだったかな。
 ある日の夜中さ、おじさんの容態が急変しちゃったんだ。俺も初めての経験でさ、すごい慌てたけど、ナースと力合わせて主治医が来るまで何とか頑張った。主治医は、「すぐに家族を呼ぶように」って指示を出して処置を始めた。奥さん、飛んできたよ。もう目が真っ赤だった。おじさん、だめだった。心停止からかえってこれなかった。奥さんに「ご臨終」を告げると、奥さん、おじさんにしがみついて泣き叫んでた。つらかった。
 そのとき息子が、病室に飛び込んできた。驚いたことに彼は、警察の制服を着てた。汗だくだった。「とーちゃん」って叫んだけど、奥さんの様子を見て悟ったと思う。がっくりうなだれて、黙ってしまった。彼の肩口の無線から、少しノイズみたいな音が漏れてた。しばらくして彼は、崩れ落ちてた奥さんを抱き起こして椅子に座らせた。そして俺たちに、「今まで親父をありがとうございました」と大きな声で叫んで、深々と頭を下げたんだ。顔を見せたときには、歯を食いしばって必死で涙をこらえてた。顔が真っ赤だった。
たぶん警察官ってこういう人たちなんだと思った。制服を着ている以上、彼らは職務を全うしなければならないんだと。だけど、隠せない親子の感情とせめぎ合わされるんだろうって。ふてぶてしいと思ってたけど、彼はあのお見舞いのとき、警察官らしかったのかもしれない。何か思い出してので…。