ちょっといい話
- 公開日
- 2022/10/13
- 更新日
- 2022/10/13
お知らせ
リンゴ
私は、2歳のとき父を亡くし、以来、私を一人で育ててくれた母も、私が中学2年生の時突然の心臓病でなくなりました。その日のことです。
私が学校から帰ると、近所のスーパーで勤めていた母は、仕事を早退し床に臥していました。「お母さん、どうしたの」と聞くと、「心配しないでもいいよ、ちょっと風邪をこじらせただけだから」と、か細い声で答えました。昨日から何も食べてない様子だったので、「何か買ってこようか」と母に聞くと、「おまえも今、期末試験中で大変なのに、いいの。もしよかったらリンゴが食べたい」と答えました。「じゃあ、すぐ買ってくる」と言って、リンゴを買って家に着いたとき、母はもう死んでいました。枕元に、ほんのわずかな時間に、苦しみながら書いた母の言葉の走り書きがありました。「哲、一人になってもお母さん、お父さんはいつもおまえを守っているよ。ありがとう」とありました。
私は、それ以来リンゴを見ることも、無論、食べることもできなくなりました。あれから9度目の桜を見る季節がやってきます。私にとっての桜の季節は、ただリンゴをにぎりしめながら、泣きつづけた日々の思い出なのです。