ちょっといい話
- 公開日
- 2022/03/15
- 更新日
- 2022/03/15
お知らせ
俺は最愛の妻と、最愛の母を守る
俺の家は貧乏だった。運動会の日も授業参観の日も、オカンは働きに行っていた。そんな家だった。そんな俺の15歳の誕生日。オカンが嬉しそうに俺にプレゼントを渡してくれた。「ミチコロンドン」のトレーナーだった。僕は「ありがとう」と言いつつも、「恥ずかしくて着れないな」と内心思っていた。
その夜、考えていた。美容院に行くのは最高の贅沢。手はカサカサで、化粧なんて当然していない。「トレーナー買うくらいなら他の事に使えよ」、そんな事を考えながら、もう何年も見ていないアルバムを見たくなった。若いときのオカンが写っている「えっ!」俺は目を疑った。それは、まるで別人だった。綺麗に化粧をし、健康的な肌に白い歯を覗かせながら笑ってる。美人のオカンがいた。俺は、涙が止まらなくなった。俺を育てる為に、女を捨てたオカン。ミチコロンドンのトレーナーを腕に抱き、その夜は眠った記憶がある。
それから少しばかり時は流れ、俺は高校卒業後の進路を考えなければいけない時期になっていた。大学進学はとっくに諦めていた。学校で三者面談が行われた時、オカンが先生に向かって言った。「大学に行かせるにはいくらお金がかかるのですか」俺は耳を疑った。びっくりしている俺を横目に、オカンは通帳を先生に見せて「これで行けますか」と真っ直ぐな眼で先生を見つめた。それから俺は、死に物狂いで勉強し大学に合格することができた。郷里を離れる際、オカンが俺に真っ赤なマフラーを渡してくれた。学費を稼ぎながらの大学の生活は苦しくもあったが、マフラーを見ると元気が出た。
それから時は流れ会計士になった俺は、来年の春結婚する。そして生活を共にする、俺と最愛の妻と最愛の母とで。何としても、俺は2人を守ってみせる。色褪せたトレーナーとほつれたマフラーを前にして、俺はそう誓った。
